思いのままブログ

京の冬の旅~その1 因幡薬師堂

2012年1月25日

2010年秋の非公開文化財特別公開の時以来の2度目の訪問です。

京都の町の人は、因幡薬師と呼んでいるが、正式には「平等寺」で創建は平安時代。

本堂に縁起絵巻の複製が展示してありますが、縁起によると、平安時代の貴族・橘行平(たちばなのゆきひら)が、勅使として赴いた因幡国(鳥取県)で海中から薬師如来像を見つけ、後に帰京した行平を追って飛来した薬師如来像を祀ったのが起こりと伝わる。

本尊重文薬師如来と重文如意輪観音と重文清涼寺式釈迦如来と機織の神2体はこの収蔵庫の中に祀られています。

江戸時代まではご本尊は本堂に祀られていたが、今は厨子ごとこちらに移動されています。

本堂の中  お前立ち観音とすべて揃った鎌倉時代の十二神将が並んでいます。

頭巾を頭に載せた、信州信濃善光寺の阿弥陀如来・嵯峨清涼寺の釈迦如来と共に「日本三如来」のひとつといわれる因幡堂薬師如来。

高さ153.0cm。両手肘より先の袖部と手首を別材として矧ぎつける以外はすべて一木彫成となる古風な造りで、静かで落ち着いた瞑想的なお顔されていて、造立年代も縁起による飛来した1003年に当てるのが自然のように思われるとされている。

この頭巾を被った個性的な姿は、非常時に、厨子ごと後へ倒し滑車と縄で運び出すためだそうです。

事実幾度も平安時代から幾度も火災を潜り抜けて守られている。

桓武天皇が京都へ遷都した時には、京都にお寺を建立することは禁止されたので、その頃建てられたのは「革堂」「六角堂」「因幡薬師堂」と堂がついている。

幕末の「禁門の変」でも焼けているが、火災の度、お寺の人や町衆の力で運び出されて今に至っている。

特に町衆の力で今まで守られ、火災の都度、寄進で再建されたようだ。

重文・如意輪観音坐像は、高さ81.2cm。鎌倉時代の作で当初の持物は全て失われている。

桧の寄木造り、内刳りで玉眼を嵌入し、宝髪を丁寧にくしけずって、宝髷を高く結ぶなど入念に造られているそうです。

清涼寺式釈迦如来立像は小ぶりで76.7cm。根本像の厳しさはなく、穏健な作風となっている。

仏様は全部間近でゆっくりと拝観する事ができました。

 

京都SKYガイド協会の方が本堂に2人~3人、収蔵庫に1人がローティションで廻って詳しく説明をしてくださるので、有難い。

基本的なことはどの方も習得されているが、それぞれの方の語り口や勉強されたことなど聞けてよく分かり、上手に説明してくれます。

質問しても、勉強をしっかりされているので、答えてくれます。

寒い冬の京都の寒いお寺の中で一日、居られるは本当にえらいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

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