飛鳥の風を感じて 

ここは、史跡・伝飛鳥板蓋宮跡です。推古天皇から持統天皇に至る7cの100年間は飛鳥地方には歴代天皇の宮が次々に造営されたが遺跡は確認できていないそうです。皇極天皇の宮については伝承があり、発掘が続けられた結果、この遺跡が明らかになったそうです。どんな建物がたっていたのだろうとか、飛鳥の地は、想像力を掻き立てます。また、想像力を巡らすことによって何倍も飛鳥の魅力を感じることができます。
飛鳥って、飛鳥びとの風を感じるところだと思います

 

徳太子生誕の地 橘寺。

これは太子殿で、中に重文の聖徳太子像が安置されています。
室町時代の椿井舜慶の作と両脚部裏面の墨書銘から確認されている本格的な作例。
あまり大きくない像(55.1cm)が、大きな厨子の中に座っておられてその部屋の外からのちょっと遠い所からの拝観になりますが、なかなか立派な綺麗な造りだと思いました。

観音堂です。中に重文の六臂の如意輪観音が座っておられます。お顔は定朝の作風に近いです。

飛鳥時代の石造物の二面石。

太子殿の左横にあり、人の心の善悪二相を表したものといわれています。

 

橘寺を訪れたお目当てはこの聖倉殿の寺宝を見るためでした。

最初に拝観料を払えば、ここだけ別にお金を払うこともなく、無料で入ることが出来、心行くまでおまいりさせていただけました。中には、重文・貞観仏の日羅上人像と重文・藤原時代の地蔵菩薩立像と同じく重文・聖徳太子絵伝、重文・鎌倉時代のだ太鼓の縁、重文・吉野朝時代 橘寺型石灯籠などが展示されており、普段見ることの出来ないほう宝物が平城遷都1300年記念事業の一環として見せていただけることはありがたいことです。

特に今回日羅上人像を拝見することが出来たのが、とても嬉しかったです。

ド素人目なんですが、目が特徴的で、小顔で貞観仏独特のごっつさがなく、優しい感じでありながら、しっかりと造られている仏様の優品だと思いました。

ちなみに、田島間守(たじまのもり)が垂仁天皇の勅命を受けて不老長寿の薬を求めに行き、持ち帰った時には天皇は亡くなっていた。そのとき持ち帰ったものを当地に蒔いて芽を出したものが橘だったので、この地を橘を呼ぶようになった。また、黒砂糖も一緒に持ち帰り後に蜜柑・薬・菓子の祖神として崇められる様になったことから、お菓子屋に橘屋の屋号が多いそうです。

蘇我馬子の邸宅があったとされる甘樫丘、飛鳥時代からずっと同じ場所に座り続けられている飛鳥大仏、馬子の墓とされる石舞台古墳、川原寺などこの地に来ると、飛鳥時代にタイプスリップすることができます。

いつまでも飛鳥のこの風景が守られますように(^。^)