可児薬師 願興寺

これだけの重要文化財の仏様をお持ちで、HPを立派なのに、何故拝観は予約してからなんだろう?と思っていました。

行ってみて謎が解けました。

簡素な本堂の後ろに何人か女性の方がおしゃべりされていたので、声をかけると今日は「弘法さんの日」(21日)なので、こうしてみんなで集まってお祭りしているとのこと。

良かったらどうぞと気さくに声をかけてくれました。また、1人の方が、住職さんを呼びに行ってくれました。

奥の庫裏から女性の住職さんが来てくださり、宝物館の鍵を開けて一緒に中に入りました。

まず、みんなで声を合わせて般若心経を唱え、それから寺の由来などいっぱい話をしてくれました。

このお寺は檀家さんがいないこと。もとはとても大きなお寺だったが、武田信玄の兵が大挙してやって来て焼き討ちをされて担ぎ出された仏様が助かったこと。

本堂は、民百姓の寄進でやっと今の本堂が立ったこと。

住職のお父様が亡くなって、50歳を過ぎていたけれど、それから比叡山で修行して住職になられたこと。

とても素敵な方でした。声も姿勢もりりしく美しかったです。

50歳を過ぎてお山での修行をされるなんて、本当にすごいことだと頭がさがります。

仏様は、本尊半丈六薬師如来の扉は閉まっています。子年の春にご開帳だそうです。そのほかの仏様は拝観できます。

脇侍の日光月光菩薩立像と本尊は三尊一具とみるかどうかは諸説あるらしい。

釈迦三尊の中尊は源康能が大旦那となって仏師像覚俊により制作されたことが判明する。釈迦が説法印を結ぶのは珍しい。

文殊菩薩騎象像、普賢菩薩騎獅子像が面長で静かな表情をたたえ鎌倉時代の写実を踏まえた衣文の彫法などにこの時期の様風が現れていて、とても美しい像です。

平安時代後期の阿弥陀如来立像、に鎌倉後期の阿弥陀坐像、十二神将像、そして大きな四天王像。257~271cmもあります。

これだけの仏様が一堂に納まっている様は壮観で見飽きることはありませんでしたが、じっと開けてくださっている住職様にも失礼して後にしました。

素敵な仏様と住職様で願興寺が心に残るお寺になりました。

ありがとうございました。

絵葉書より

立派な四天王像。持国天の後ろの多聞天のみ鎌倉時代制作だそうです。他は平安時代

居並ぶ様は壮観です。

釈迦三尊像