木津川ものがたり その①

JR大阪から大和路快速に乗り、JR奈良を過ぎ木津を過ぎ1時間半かかって乗り換えなしで終点の加茂駅に到着。

加茂駅に掲示されている加茂を紹介するボード。

掲示板には、聖武天皇が都と定めた恭仁京跡・浄瑠璃寺・海住山寺・笠置寺・岩船寺などが紹介されています。歴史が古く素晴らしいお寺がたくさん点在しています。

その中で重要な位置を占める木津川ですが、青山高原に源を発し、三重県伊賀市東部を北流し、柘植川と服部川を合わせて西流に転じ、京都府に入り、宇治川、桂川と合流し淀川となります。

ゆったりと川幅が広く流れています。

駅から徒歩5分で加茂文化センター(あじさいホール)。

加茂文化センター↓

ロビーには、シンポジウムで活動報告する、木津川管内河川レンジャーとNPO法人やましろ里山の会の活動の様子が紹介されていました。

明治20年の航空写真が貼ってあり、干拓事業によって姿を消した巨椋池が写っているのに驚きました。明治20年にはまだ池は存在していたのです。

京都府最大の面積を持つ淡水湖は、昭和8年~昭和16年という最近に農地に姿を変えたのです。巨椋池は残せなかったのでしょうか。

第26回国民文化祭・京都2011 恭仁京遷都祭 シンポジウム木津川ものがたり の最初は、「木津川が育んだ自然」と題し、河川レンジャーと里山の会の報告がありました。

報告によると、木津川には本流にはダムがなく、花崗岩から流れ出た砂河川で勾配が緩やかで、少し前までわんどがあり、そこで卵を産んで育っていく魚たちもたくさんあり、イタセンパラなど貴重な魚達が生息していたそうです。

しかし水量が激変し、それに伴いわんどがなくなり浅瀬もなくなり、砂浜が縮小され大変化してきている。

何故、木津川に稀少植物が多いのか。

堤防の土砂が砂で出来ているので、栄養分が蓄積されなくて、水がすぐ浸透してしまう、貧栄養化のところなので、光を奪う大きな樹木が育たないので、小さな植物が育ってきた。

そして、堤防の草は無料の肥料だったので、草刈が実施されてきた。ところが、今は草刈りは、農業の近代化で必要がなくなってしまい、実施されなくなったが、国交省が堤防の草を刈ってくれるので稀少植物が残っている。

だから仕分け作業で予算削減され草刈がされなくなると、危険信号がともります。

レンジャーや里山の人たちの木津川に対する深い愛情で守られいるのがよく実感できる報告でした。

木津川によって文化が育まれてきたのですが、豊かな自然によって植物・生物が育まれてきたのが、今本当に黄信号が点って、深刻な問題となっていることに危惧を覚えました。

つづく