滋賀県 金勝寺

名神の栗東ICより国道12号線(栗東信楽線)を走ると、「道の駅こんぜの里りっとう」にたどり着きます。

ここに置いてある「金勝山ハイキングマップ」がとても役立ちました。もし、これがなかったら、道に迷っていたのではないかと思うので、本当に頼りになりました。

「道の駅こんぜの里りっとう」を出るとすぐ右の道へ行かないといけないのを12号線を道沿いに走ったため、新名神高速道路の下を走り大鳥居の信号まで来て

あれっ!これはおかしいと引き返し、道の駅の手前を左に折れて山道を駆け上り、金勝寺にたどり着きました。

社務所で拝観料金(1人500円)払ってお寺の中へ入りました。

 

手前から入って道を下り門へと歩いていきます。

金勝山金勝寺(こんしょうじ)は天平5年(733)聖武天皇の勅願によって良弁が建立したもので、寺院として整備されたのは、平安初期、興福寺の高僧願安(がんあんん)によってである。

天長(833)定額寺に列せられ寛平9年(897)には年分度者(国家によって得度を許された僧)2名の定置が認められ後に25別院を有する寺院となり湖南地域の仏教文化の中心として栄えた。

平安後期に天台宗に転宗した。

この本堂は約400年前の仮堂のままだそうです。

中には重文の平安時代 釈迦如来が座っておられます。

おだやかな優しいお顔です。

2月堂重文平安時代 軍荼利明王立像

この軍荼利明王は昨年の滋賀県立近代美術館で開催された白洲正子展にゲスト出演されていました。

そのときこの像の大きさに目を見張ったのですが、今回お堂の中に立っておられたら全然大きく見えなかったのが不思議でした。

やはり、美術館で見ると大きく見えるのか(いえいえ大きいです)自然の山の中で見ると自然となじんでしまうのか、同じ仏さまなのに見え方が全然違うのが不思議でした。

この2月堂の入り口は軍荼利明王像より狭いのです。社務所でお寺の方にお聞きすると、像を浮かせて横にして8人がかりで運びだされたそうです。

今東京世田谷美術館で白洲正子展が開催されていますが、それには、像が傷むので、代わりに良弁僧正像が出張されているそうです。

おかげで本来のお堂で見ることができて大満足です。

他にも虚空蔵堂に虚空蔵菩薩坐像に毘沙門天立像像に地蔵菩薩坐像と重文の仏様がおられる、仏像の宝庫のお寺です。

写真は拝観料とともに購入した絵葉書の写真です。

虚空蔵様に願い事を託してお寺を後にして、そこから、馬頭観音堂まで車で行き、そこに車を止め、ここからハイキングスタートです。

続きは後ほど。