西陣のお寺~雨宝院
西陣の中にあり、回りは糸偏の会社名がたくさん見えました。
ということは当然応仁の乱に巻き込まれています。
パンフレットには、応仁の乱で、堂宇が荒廃し、その後天正年間に再興されたが、その後天明の大火で、鳥有に帰した後に堂舎を再々興されたものである。と書かれています。
訪れたときは、寺内は工事中でした。
このアカマツの保存の支えを工事しているようです。
この観音堂の十一面観音様は、最近まで秘仏として祀られていたそうですが、今は予約すれば拝観することができます。
頭部に十一面をつけるが、手は合掌手、宝珠手を合わせて十本しか残っていない。像は頭部から脚部までを一木彫成とし、各手を剥ぎ合わせています。
高さは2m以上あり堂々として張りのある顔に、なめらかでしっかりした手、翻波式の円味のある衣文で、全部42本の手が揃っていたらどんなに威風堂々とした仏様であったろうかと、思わせる姿です。
でも手が少なくなっている分、残っている手のふくよかで柔らかな手に思わず見とれてしまいます。優しい顔立ちで、奈良時代の面影を伝えています。
真近くでゆっくりと拝観させてもらうことが出来ます。
よくぞ応仁の乱の戦火を人々に守られて残ってくださったと思わず合掌してしまう、堂々としながらも優しい仏様でした。