スタッフブログ

上質な韓国料理 ほうば

2011年11月2日|カテゴリー「スタッフブログ

新聞に取り上げられたミシュランの記事では、《大阪では大阪市北区天神橋5丁目の「ほうば」が韓国料理店として国内で初めて一つ星に選ばれた。

イタリア料理店などで修業した在日韓国人3世の新井正彦さん(36)が商店街近くに構えた。妻の康子さん(37)母の美佐子さん(65)と切り盛りし、野菜を使った料理に力を入れる。

「韓国料理は焼肉の印象が強いので、面白いと思われたのでは。ベトナムやロシア料理など各国の料理店の励みになれば嬉しい。  》と書かれていた。

お店は、小さなお店で4人掛けのテーブルが2つとコの字型のようなカウンターのみで全部で16人ぐらい入ると満席のお店です。

2~3日前に予約を入れたのですが、5時からの営業で7時までだったらOKですよ、いうことで早速行ってきました。

料理はアラカルトで頼みました。何品か注文したのですが、量が分からなかったので、このぐらいでどうでしょうか?

とご主人に尋ねたら一品の量は少ないから全然足らないですよ、言われ、あと、二品ほど追加しました。

まず、ナムル7種盛り。

クレソン、じゃが芋、ミツバ、うど、豆もやしなど7種類の野菜が少しずつ小皿の乗っていてこれがあっさり味で上品で本当に美味しい。

クレソンがナムルになるんですね。

これはチャプチェ。これもあっさり味で上品で美味しい。

以前、百貨店で出来合いのを買ったのですが味が濃くてご飯無しでは食べられなかったのですが、これは上品なので、これだけでもサラダ感覚のように食べることができました。

かぼちゃのチヂミ。

石焼プルコギ 下の野菜に味噌つけてお肉を巻いて一口で食べる。

と、こんな感じです。

 

鯛のビビンバ。混ぜるとおこげとご飯と鯛のハーモニーが素晴らしい。

よもぎの香りいっぱいのおもち

食べ終わるころ、ご主人がなぜコースにしなかったんですか?と声掛けしてくれました。

というのは隣の4人掛けの2テーブルは両方ともコースをいただいていて生の海老やら、鮑やら、松茸のスープやらご馳走ばかりが出てきて???と思っていたのですが、予約ならコースがお徳ですよと言ってくださいました。

アラカルトも美味しかったけど今度は絶対コースをいただきますと宣言しましたが、年内はすでに予約で満席とのことです。

このお味ならそれも納得の美味しさでした。韓国料理ですが、お肉より魚が中心です。

ガッツリ食べるのではなく上品に上質のお料理がいただけるお店です。

ちなみに、私たちは、飲みませんので、この日のお支払いは¥7,140円でした。

ごちそうさまでした(●^o^●)♪

また、行きます そして、絶対にコースを食べるぞ!

いただきました。

2011年10月30日|カテゴリー「スタッフブログ

岡山といえばぶとうかな。

そのピオーネの缶詰をいただきました。

お心遣いに感謝申し上げます。

施主様のお母様と言っても私より若いんですよ。(^_^;)

工事はすでに終盤を迎えています。

あと少しですが、お世話になります。

 

滋賀県草津市 国指定史跡 芦浦観音寺跡

2011年10月30日|カテゴリー「スタッフブログ

聖徳太子開基、秦河勝創建の伝承をもつ湖南有数の古刹であり、境内には重要文化財の書院ならびに阿弥陀堂などの建造物や重文の阿弥陀如来立像をはじめとする貴重な文化財を伝える歴史的、文化的価値に優れた寺院です。

また、芦浦観音寺は、安土桃山時代から江戸時代のはじめにかけて、琵琶湖湖上交通の管掌者である船奉行や在地の在官として、天下人が行う近江国経営に深く関与してきた経緯があり、このことは境内周囲を堀で囲み、境内に石垣や土塁を配した城郭様の得意な寺観に具象化されている。

中世、琵琶湖の諸浦には、諸浦の親郷と称する堅田を始めてとして、湖北の菅浦・長命寺など、数多くの湖上交通を利用した独自の勢力圏が形成されていた。

戦国時代末に至り、秀吉により天下統一事業が強力に推し進められるようになり、中世を通じて強力な湖上勢力を形成する諸浦に対して秀吉は船奉行芦浦観音寺を誕生させる。

湖国における中世の終焉と近世の到来の象徴を告げる秀吉が打ち込んだ楔であった。

上のような立派な1冊300円のパンフレットが作成されていることでも、この観音寺の重要さがわかります。

残念ながら中には入ることが出来なかったのですが、草津市の文化財科の人がipadを使いながら上手に説明をしてくださったので、すごくよく分かりました。

芦浦観音寺自体も境内に白鳳時代の瓦が出土したりこの石垣にも礎石の跡が残っています。

発掘調査

特に平成14年度の調査によって室町時代前期の堀跡を確認し、寺伝にある歓雅による応永15年(1408)の寺の再興の伝承が正しいと証明された。

この応永15年権大僧正歓雅が天台宗寺院として中興して以後現在に至るまでの596年間30代を超える住持により法灯が守られてきたとされる。

江戸時代、破格の石高を誇り重要な役割を果たしてきた。

冊子より抜粋。

滋賀県でも有数の文化財を保持しているそうですが、普通に一般公開はされていないのが残念です。

住職さんだけでは、整地するには広すぎるので、地元のボランティアの方が手伝われているそうです。

こんな歴史的に重要で史跡にもなっているような所なので、是非一般公開してほしいと切に願います。